私立学校の質を「財務」から推察する方法

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今野晴貴 2023.03.06
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 教員の労働条件が問題となる中で、「進学先」が心配な方もいるだろう。実際、教員の労働条件と教育内容は表裏一体だ。実は、公表されている資料を見るだけで、ある程度私立学校の「教育の質」を推察できる。結論から言えば、「教員一人当たりの生徒数」と「人件費比率」を公表資料から知ることができる。これを「全体」と比較すればよいのだ。この記事では、私学の分析方法に加え、「ケア労働への向き合い方」について考察する。

この記事でわかること

  • 志望校教員の労働条件を調べる方法

  • 生徒一人当たりの教員数は何人?

  • 「人件費比率」は役所で簡単にわかる

  • 財政構造のパターンで教育環境が予測できる

  • 教員の働き方改革のあるべき「考え方」は?

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 なお、本記事は2023年3月4日にヤフーニュース個人で配信したものを加筆・修正したものです。おおきく加筆して深堀した部分には「記事への追記」と表記を入れています。ここでは記事を書いた背景や、社会科学的な知見からの分析を追記しています。すでに元記事をご覧になった方は、その部分からご覧ください。

 長時間労働や部活顧問問題など教員の過重労働が大きな問題となり、教員は「ブラック労働」という印象がすっかり定着してしまっている。過重労働の問題は教員の成り手不足にもつながっており、授業の準備不足などの教育の質にも直結している。

 教員の労働実態は、受験生やその保護者にとっても大きな関心事になっているのではないだろうか。特に、来年4月の進学を控えた家庭にとってはひとしおだろう。とはいえ、志望校の教員の労働条件をどう調べたらよいのだろうか

 公立高校の場合であれば、国や地方自治体が教員の労働条件を一定に定めており、教員試験の倍率なども明らかとなっている。また、重点校に優秀な教員が配置されることはあるだろうが、それでも一定期間を経て転勤が繰り返されることで地域内の水準を保つことが公教育の原則である。

 これに対し、私立中高は民間法人であるため、公教育とは事情が異なっている。しかも、私学業界では教員の募集の段階で賃金や労働条件を明らかにしない場合が多いため、採用情報からそれを知ることも難しい(これ自体が私立学校業界に広がる重大な労働問題である)。

 この難題を解決してくれる情報が、実は誰でも知ることのできる、「教員一人当たりの生徒数」「学校の人件費比率」の2つだ。これらを見ることで、特定の私立学校「労働実態」を学生・保護者は探ることができるのである。

生徒一人当たりの教員数は何人?

 まず、参考にすべき資料は、文部科学省が毎年行っている「学校基本調査」だ。学校基本調査で私たちは、学校種別の生徒数と教員数をしることができる。この2つ情報から教員一人当たりの生徒数を算出できる。

 最新の令和4年度版調査結果をみると、高等学校(公立・私立合計)の在学者数は2,956,900人であるのに対し教員数は224,734人だから、教員1人当たりの生徒数は13人が全国平均ということになる。もちろん、学校ごとに事情が異なるため、単純化はできないが、この平均値は一つの参考になる。

 そのうえで、それぞれの学校の生徒数と教員数は、学校のHPで必ず公開されており、すぐ知ることができる。自分の志望校の教員一人当たりの生徒数を計算して、この平均値と比べてみるのがよいだろう。また、志望校に迷っている際にも、この比較を行ってみるのも一つの方法だ。

 ただし、私立学校の中には非正規教員の比率が多い場合もあり、「教員の人数」=「教育の質」に直結しない場合もあるので注意が必要だ。そこで次に調べるべき項目が、教員の「人件費」の状態だ。これは学校法人の財政情報から把握することができる。

学校の財政情報の入手方法

 私立中・高校の財政は、主に授業料などの納付金と国や地方自治体からの補助金で成り立っている。補助金は公的資金であり、学校を運営する学校法人は、法律で定められた会計基準に従い会計報告を作成し、所轄庁に会計を報告する法的義務を負っている。所轄庁は2つに分かれており、大学や短大などがある学校法人は文部科学省、それ以外は都道府県だ。

 文部科学省の管轄下の学校法人(大学・短大付属高校を運営する学校法人)は次の通り、財政情報を公表することが義務付けられているので、通常はHPで財政情報が公表されている。

私立学校法 第四十七条 

学校法人は、毎会計年度終了後二月以内に、文部科学省令で定めるところにより、財産目録、貸借対照表、収支計算書、事業報告書及び役員等名簿(理事、監事及び評議員の氏名及び住所を記載した名簿をいう。次項及び第三項において同じ。)を作成しなければならない。

同 第六十三条の二

文部科学大臣が所轄庁である学校法人は、次の各号に掲げる場合の区分に応じ、遅滞なく、文部科学省令で定めるところにより、当該各号に定める事項を公表しなければならない。
三 第四十七条第一項の書類を作成したとき 同項の書類のうち文部科学省令で定める書類の内容

 これに対し地方自治体が管轄する私立学校を運営する学校法人は、財政情報を公表する法的義務がない。しかし、補助金で運営している事情を踏まえ、積極的に公開していくことが望ましいとされており、多くの法人がHP等で自主的に財政情報を公開している。

 また、自主的に公開していない法人の会計でも都道府県に情報開示請求をすれば、主だった項目の金額を誰でも見ることができる(細目については非公開で黒塗りにされてしまう)。情報公開の手続方法は、各自治体の私立学校を管轄する部署に尋ねれば教えてもらえるはずだが、以下の法規定も参考にしてもらいたい。

私立学校振興助成法 第十四条 

第四条第一項又は第九条に規定する補助金の交付を受ける学校法人は、文部科学大臣の定める基準に従い、会計処理を行い、貸借対照表、収支計算書その他の財務計算に関する書類を作成しなければならない。

2 前項に規定する学校法人は、同項の書類のほか、収支予算書を所轄庁に届け出なければならない。

 さらには地方自治体が学校法人の会計情報を積極的に公開している場合もあるので、都道府県庁に公開情報について問い合わせるとよいだろう。例えば、埼玉県は県庁にある県政情報センターで学校法人が自主的に公表していない学校法人の財務情報も含め、閲覧できるようにしている

私立学校の人経費比率の平均値

 次に、私立学校の人件費比率の平均値と、上の方法で調べた進学候補先の学校の比較を行うことで、その学校がどれだけ教員の労働条件を重視しているのか、探ることができる。

 各都道府県では私立学校の人件費比率の平均を示している。進学先の都道府県が公表していない場合には、東京都が毎年発表している「東京都の私学行政」を参考にするとよいだろう。この東京都の統計によれば、私立高校の人件費の比率は66.2%である。

 以上の、「生徒一人当たりの教員数」「学校の財務状況」「人件費比率」の三つの情報を駆使すると、それぞれの学校の「労働状況」を推察することが可能になる。次のようなパターンで比較することができるだろう。

①財務状況が良く、生徒一人当たりの教員数が多く、人件費比率が高い。

 この場合には、学校は潤沢な財政で質の高い教師を集めている可能性が高い。

②財政状況は良いが、生徒一人当たりの教員数は少なく、人件費比率も低い。

 このような場合には、程度にもよるだろうが、学校が教育の質よりも法人経営を重視している可能性が否定できない。

③財政状況が悪く、生徒一人当たりの教員数は少なく、人件費比率は低い。

 このパターンに当たった場合には、教育の質が低い可能性が高いので要注意である。

④財政状況が悪く、生徒一人当たりの教員数は多く、人件費比率は低い。

 このパターンの場合には、非正規教員比率が高いことが疑われる。HPに教員数が多く充実しているなどと謳われていても、注意してみる必要が出てくるだろう。

「ブラック私学」の実例

 例として首都圏にある私立A高校の例をとって実際計算してみよう。この学校はいわゆる「ブラック私学」として教員たちから告発され、労使紛争を引き起こしていた(現在は団体交渉により解決済み)。同校の現在の財務状況は、県庁で誰でも閲覧することができる(下画像)。

公表されているA高校の財務状況。

公表されているA高校の財務状況。

 まず、A高校は定員割れは起こしておらず、経営が苦しい様子は見て取れない。そのうえで、生徒数、教員数、情報公開で得た財務情報をもとに、さきほどの指標を実際に計算してみると次のようになる。

教員一人当たりの生徒数

 生徒数 855人 教員数 46人

 一人当たりの生徒数 生徒数÷教員数×100=28.5%

 教員一人当たりの生徒数は平均よりだいぶ高い数値になっている。ここからは、教員がたくさんの生徒の対応に追われ、過重労働になっている可能性が示唆されている。

人件費率

 労働組合の請求により情報公開された「事業活動収支計算書」からは、収入と人件費は次の通り読み取れる。

 教育活動費 1,155,353,792

 人件費 842,858,875

 人件費率 費件費÷教育活動費×100=73.0%

 一方で、A高校の人件費比率は高めになっており、教員の賃金は平均より高くなっている。過重労働である一方で、「待遇」は決して低くはないということが予測され、優秀な教師が集まっている可能性もあるということになる。

 以上のデータからは、この学校は生徒も集まっており、財政的には生徒数不足などによる経営難などにはなっていないが、教員はかなりの過重労働に陥っている可能性がある一方で、教員の給与は高く、教師一人一人の技能水準は他校に比べて高い可能性がある

 では、実際はどうなのか。

 A高校に対し、労働組合が実態の開示を求めたところ、同校の非正規率は50%を越えていたという。しかも、その非正規教員たちに、タイムカードにあるだけでも過労死基準である月80時間を超える長時間残業をさせていた。そのうえ、上司や先輩からのパワーハラスメントが横行し、中には心療内科からうつ状態と診断され休職している教師もいた。

 一方で、正教員と非正規教員の「常勤職」に関しては、給与が他校に比べてかなり高い水準に設定されていた(それでも、超過労働時間に対する残業代不払いが横行していたのだが)。それが人件費比率が高かった理由であると考えられる。

 だが、現実には、A高校の教員は過重労働が問題となっていることから考えると、給与水準が高くとも、生徒一人当たりの人員が少なすぎる場合にはやはり教育の質の担保は難しいということがうかがえる。

 もちろん、人件費比率が低く、低賃金の非正規教員(多くは若手だ)ばかりであれば、より教育の質が下がるだろう。低賃金ではモチベーションがあがりにくいうえ、非正規雇用は転職を繰り返すことを余儀なくされるため、継続的な教育活動に集中できないことが多いからだ。

おわりに

 みなさんの志望校の財政情報はこれに照らしてどうなっているだろうか。

 私立学校の経営には施設整備や、校風・伝統(最近私学を選ぶ際に強調される 

点)などさまざまな要素があるため、上の方法で完全な評価ができるとまではいえない。とはいえ、三つの指標をさぐることで、進学先を考える際の一つの参考にはなるだろう。

 教員の労働条件をめぐる労働組合の取り組みは各地で大きく報道されている。それに比べ学校を利用する生徒やその保護者の視点からの教員の労働条件に関心を向けることも非常に重要なことだ。そしてそのことはこの社会において私たちがどのような教育と学校を構築していくのかということにもつながるだろう。この記事を参考に多くの受験生やその保護者の皆さんには志望校の状況を調べてもらいたい。

記事への追記

  • 労働社会学の理論ではケアワークの特殊性をどう見ているか?

  • 「やりがい搾取」から「働き方改革」に問題を転換させる方法

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